≪2025年2月11日≫
大原山 355m 大城山 410.0m 岩屋山
291m
四王寺山のセリバオウレンが咲き始めたというので今回は33石仏は無視して、坂本神社から
4年前にも歩いたコースを周回しました。 |
 
左 坂本神社
令和発祥の地と
いう。
右 各所に案内がある。 |
 
大石垣
665年天智天皇が
基肄城とともに
築いた古代山城
四王寺山には他にも
3ッつの石垣が
ある。 |
 
左 増長天跡
築城110年後尾根
伝いに四天王像
(持国天、増長天、
広目天、毘沙門天)を安置したおいう。
右 駐車場
いつもはここから
だが
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左 焼米ヶ原
右 鬼の腰かけ |
 
左 遠見所
右 三日月山、若杉山
を望む。 |
 
左 雪の残る登山道
右 大原山354m
第15番石仏がある。
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左 小石垣
右 落葉樹の森
陽射しが明るい。
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左 鮎返しの滝
右 百間石垣
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左 四王寺山最大の
石垣。
右 氷瀑ができていた。
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左 野外音楽堂
1年前にはこの絵は
なかったが、
右 屯水分岐
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左 大城山410m
三角点がある。
右 毘沙門堂
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左 手洗が凍っていた。
右 広目天跡
持国天跡は?
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左
けいさしの井
右 第28番石仏のある
休憩所の陽だまりで
昼食休憩、
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左 馬責め
高橋紹運がここで
馬の訓練を行った
という。
右 岩屋城址
高橋紹運はここで
島津軍により滅ぼ
されたという。
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左 国立博物館
右 脊振山方面
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左 高橋紹運の墓
紹運の子は宗茂は
立花家の養子と
なったのでこの墓は
立花家によって
守られている。
右 都府楼跡へ
あをによし奈良の都は咲く花の薫ふがごとく今盛りなり
小野老朝臣
大宰少弐で大宰府で
詠んだらしい |
 
左 広大な
大宰府政庁跡
往時の建物の大きさが
偲ばれる。
右 大宰府政庁
正殿復元図。 |
 
左 四王寺山を望む。
右 今年は梅の開花が
遅れ蕾がかたい。 |
 
四王寺山でみた
セリバプレン
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