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  耳納山地  発心山 697.6m 白山 677m グライダー山 640m
       桝形山 606.5m 耳納山 368m 高良山 312m 鳳山 276m       
≪2025年1月3日≫ 漱石の道を歩く 3回目 草野から追分へ
 
     夏目漱石が熊本の第五高等学校の教授だった時、久留米の友人とともに御井から高良山に登り耳納山地を
       発心山まで歩き発心公園に下りている。その時詠んだ俳句のいくつかが句碑に刻まれ登山路にありそれを
       訪ねて歩いてきました。今回で3回目の漱石の道です、1回目は漱石の歩いたコースを高良山から発心山へ
       歩きましたがずっと登りできつかったので2回目からは発心山からにしました。
     
長門石(6:26)=バス=JR久留米(7:00)=(7:21)草野−(7:40)発心公園−(8:14)三合目−(8:32)蔵跡−(9:18)発心山
     −(9:43)白山−グライダー山(9:54)@ −(10:25)桝形山−(10:38)耳納平−(11:19)紫雲台−(11:43)耳納山−
     (12:44)高良山−(12:54)飛雲台−(13:05)杉の城−(13:17)高良大社−(13:40)王子宮−(13:59)追分(14:04)=バス=
     西鉄久留米乗り換え=(14:44)長門石

左 JR久留米駅で
  暗いうちに乗る
 途中で夜明けとなる


右 草野駅
  ICカードが使え
 ないため久留米駅で
 切符を買った。


左 柿畑を見ながら
 歩く、霜が降り寒い


右 発心公園
  桜の名所だが
 風が冷たい、トイレ
 は水がでず使用不能

左 漱石句碑T
 「松をもて
   囲ひし
    谷の桜かな」
  夏目漱石は熊本の
 第五高等学校の教授
 時代、久留米の親友
 を訪ね耳納山を歩き
 俳句を残している。



右 水害で登山道が
 崩落。石仏へは
 いけない。

左 新しい登山道入口
 林道から入る。




右 くぼんだ
  急坂を登る。
   すり減った
  石が歴史を
  偲ばせる。

左 三合目
 ここまでも急坂


右 蔵跡、ここからも
 急坂が続く。
 

左 城址の北端に到着
 城址はカヤが
 刈り払われていた。



右 筑後平野を望むが
 霞んでボンヤリ。

発心山697.6m
  三角点があり
 草野氏の処点で
 1577年築城したが
 1588年には滅んで
 いる。




右 白山を望む。

左 鞍部に句碑Uが
 
「濃かに
  弥生の雲の
   流れけり」
 



右 伐採地を左に
  見ながら行く。

左 白山677m
  展望はないが、
 麓からの山容が
 良い。


右 グライダー山へ
  東側からは
  遊歩道がある。

左 グライダー山
  日本新記録樹立
 記念碑。
  新春フライトの人も
 登山者もいなかった


右 久留米市街
  筑後川、霞んで
 ボンヤリ。

左 朧橋
 通称 誠橋


右 桝形山
   606.5m
  展望はないが
 三角点がある。
  

左 耳納平
 今日はだれも
 いなかった。



右 耳納スカイライン
 が自衛隊によって
 造られたことが
 書いてある。

左 長岩山分岐
 高良大社までまだ
 6kmある。




右 凌雲台
 耳納スカイライン
 にはほかに瑞雲台
 紫雲台、飛雲台が
 ある。

左 紫雲台
 前回はやぶの中
 だったが刈り払われ
 ていた。
 




右 紫雲台碑
 耳納山産業開発道
 昭和38年・・・・
 陸上自衛隊・・・の
 文字がかろうじて
 読めた。

  

左 耳納山へ



右 耳納山368m

左 兜山分岐
 今回はパス
 
  


右 漱石句碑V
  「筑後路や
   丸い山吹く
    春の風」
  句にちなんで
 丸い穴が開いて
 いた。

左 くぬぎ林
  この山では
 めずらしい
 落葉樹、近くで
 椎茸が栽培されて
 いた。


右 漱石句碑W
  「人に逢わず
    雨ふる山の
     花盛り」
 ここまで誰にも
 会わなかった。

左 高良山へ


右 高良山 312m
  山頂からの
 展望はない。



左 高良山から望む
 宝満山方面


右 歩いてきた
 発心山からの稜線

左 漱石句碑X
 「菜の花の
  はるかに黄なり
   筑後川」


右 飛雲台にある。

左 高良大社
  筑後国一の宮
 高良玉垂命を祀り
 1600年以上の歴史を
 持つという。


右 正月と
 あって参拝者も
 多かった。
 
 

左 追分に下る



右 季節外れの
 シャクナゲの花が
 二輪

左 400段以上の石段、  両脇には
 シャクナゲや桜が
 植わっていた。



右 動乱蜂のヤグラ
 動乱蜂
  王子若宮八幡宮の
 氏子たちが打上げる
 花火、毎年9月15日に
 開催される。

左 王子池 」

右 王子宮
 高良御子神社
 高良玉垂命の皇子
 九人を祀る神社 

 漱石句碑Y
 「親方と
  呼びかけられし
   毛布哉
  (ケットかな)

 明治32年1月7日
 夏目漱石は耶馬渓
 からの旅の帰り道
 ここで人力車を
 すすめられたと
 いう。
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