≪2017年9月8日≫
基肄城跡の土塁に沿って歩く
基山には、663年白村江の戦いで唐・新羅の連合軍に敗れた日本は防衛に備え665年大野城と共に
朝鮮式山城基肄城が築かれ、周囲を土塁で囲み谷には石塁が築かれている。今回はできるだけこの土塁に そって歩いた、やぶに覆われ難渋する所もあったが秋の花も咲き始め歴史に思いをはせる山行であった。
水門跡(8:40)−大師堂−(9:15)登山道−(9:20)基山山頂(10:00)−(10:15)北帝城址−(10:33)東北門跡−
(10:40)つつみ跡−(10:44)鐘楼跡−(10:48)米倉礎石跡−(10:57)水門登山口−駐車地点 |
左 基肄城水門
城を土塁が囲むが
谷には石垣が築かれ
水を排出するための
水門が設けられている
右 大師堂
今回は水門手前を
左大師堂を経て
登ることにする。
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左 大師堂
不動明王と
弘法大師が祀られて
いる。
右 登山道が分らず
尾根を直登、
間伐の跡を登る。
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左 境界杭
土塁の杭だろうか
尾根を外さない
ように登る
右 登山道に合流
尾根の途中から
右へ行き登山道と
合流。
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左 ヤブラン
右 ヤブミョウガ
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左 展望台
北端にある
展望台
右 タマタマ石と
天智天皇欽仰之碑
築城時、訪れたの
だろうか。
タマタマ石とは
玉玉でなく
御霊の
霊霊です。
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左 瀧光徳寺
右 久留米方面
市役所のビルが
望めた。
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左 朝の御勤め
4人の僧が
読経していた。
右 基肄城跡
草原が広がるだけ サイヨウシャジンは 盛りを過ぎていた。
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左 九千部山と
草スキー場
草刈のエンジン音が
響いていた。
右 オミナエシ
秋の気配
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左 サイヨウシャジン
右 ハギ
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左 クズ
右
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左 ホトトギス
右 北帝城跡?
福岡県と刻まれた
標識があった。
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バーソブ
婆さんのそばかす
ツルニンジンの仲間で太い根があるという。なかまにジイソブが
ある。
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左 土塁は夏草が
繁っていたので
植林地の中を歩く
右 北帝城址の碑
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左 東北門跡
右 つつみ跡
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左 米倉礎石跡
右 登山口の水門跡に
戻る。
下山後、九州歴史資料館で英彦山展を見ました。
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