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≪2018年4月22日≫ ツツジの競演 二ツ岳 1257.7m  クマガイソウ咲く 鳥屋岳772m
    
二ツ岳ににはヒカエツツジの大群落がありミツバツツジやアケボノツツジとの競演が見られる、二つ岳にはこれまでに
      二回登ったがいずれも煤市から林道をつめての簡単登山だったが今回は高千穂側から登った。早めの下山だったので
      鳥屋岳にいきまだ公開前だったがクマガイソウが咲いているという事で案内していただいた。
    二ツ岳登山口(8:30)−(9:38)林道−(10:24)二ツ岳北峰−(11:00)南峰−(11:40)北峰昼食(12:00)−(12:25)林道−(13:05)登山口
    =(13:30)上岩戸大橋=(14:25)興梠さん宅−(15:45)鳥屋岳−(16:30)興梠さん宅
   二ツ岳から望む傾山


左 登山口から望む
 古祖母山


右 登山口
  ここまでの林道は
 かなり荒れていた。

左 新緑の中を登る


右 植林地を
 ジグザグに登る。


左 煤市からの
  林道に出る
 ここまで車で
 来れるが煤市へ
 回る時間でついて
 しまう。


右 峠にある日本杉と
  石祠
 天の古道の一つ
 だったのだろうか。

左 林道から
  尾根に取りつく
 立派な看板がある。


右 大分のミッチン
 久しぶりにホラを
 聴きたかったが


左 ツルシキミ



右 俊ちゃん夫妻も
 参加

左 ここにも石祠が


右 ヒカゲツツジ満開
 御大も信ちゃんも
 山行3日目

 ヒカゲツツジの
 群落の中を登る
 淡いクリーム色が
 何とも言えません

左 二ツ岳山頂
  1257m
 展望はありません


右 南岳を染める
 アケボノツツジ


左 古祖母
 北峰西端から



右 稜線の
 アケボノツツジに
 笑顔が

左 アケボノツツジと
 ヒカゲツツジ



右 ヒカゲツツジの
 中を下る

左 青空に映える
 アケボノツツジ



右 新緑も眩しい


左 傾山



右 枯れ木も


左 アケボノツツジと
 ヒカゲツツジ


右 上岩戸大橋から
 望む二ツ岳


 下山後 鳥屋岳へ
   鳥屋岳は個人の山です、入るにはガイドさんのが案内が必要です、今年は4月24日からだそうです。今回特別に案内して頂きました。


左 エビネ


右 ユキザサ

左 ハイノキ



右 ナンエンショウ

左 クマガイソウ
  群落に感動


右 不思議な形です
 

  クマガイソウ、
  その名の由来は?


これが自生というから
驚きです。

左 ホウチャクソウ



右 鳥屋岳山頂へ

左 ウワミズザクラ




右 鳥屋岳山頂


クマガイソウその名の由来について
 源氏の武将熊谷直実に由来し類縁にアツモリそうがあることは知っていたが・・・・・そこには哀しい物語がありました。
 クマガイソウは形が源氏の武将熊谷直実の矢よけの母衣に似ていたのでクマガイソウと名付けられ、アツモリソウは一ノ谷の戦いで直実に討たれた
 平敦盛にちなんでつけられたということです。
  平敦盛は16-7の若き武将で笛の名人、吹く笛は弘法大師が唐から持ち帰った笛から芽吹いた竹の一本で作られ嵯峨天皇に献上され、代が代わり
 鳥羽院が平忠盛(清盛の父)に下賜、それを子である敦盛が受けついだという。
  一ノ谷の戦いで敗れた平家、敦盛も舟へ逃げようとするとき、直実に呼びかえされ取り押さえられます。直実が名をなのりいざ討とうと兜を
 脱がすと、わが子と同じ位の歳若き美少年、直実は躊躇するが「さあ討たれよ、討って私の首を人に見せればだれかわかる」と名もなのらないまま
 討たれてしまいます。平家物語の名場面です。能や幸若舞、歌舞伎の題材ともなり幸若舞のなかの「人間わずか五十年・・・」は信長で有名です。
 また文部省唱歌「青葉の笛」も歌われています。この青葉の笛は、直実の大将「源義経」に届けられ現在も須磨寺に伝わっているそうです。 
  二ツ岳 2013年4月                 目次に戻る