≪2017年7月9日≫
ふるさと大水害
私の生まれ故郷は福岡県朝倉市杷木志波梅ケ谷で高校を卒業するまで過ごしました。
柿の栽培が盛んで鵜飼いで有名な原鶴温泉があります。両親はすでに亡くなりましたが、
多くの親戚が暮らしています。しかしその故郷が7月5日の集中豪雨で甚大な被害を受け、
私の親戚は無事でしたが今だ多くの人が行方不明のままです。 |
左 朝倉市三連水車
奈良ヶ谷川が氾濫
流木が堀川用水を
逆流し水田に堆積
していた。
右 筑後川
河川敷に堆積した
流木
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左 北川
いつもは小さな
流れだが何倍にも
広がり柿畑が
流されていた。
右 志波小学校
北側がえぐられて
いた。避難所と
なっていたが危険
ということで
サンライズ杷木に
移動していた。
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左 小学校から望む
麻底山
右 小学校から望む
広蔵山、通称黒山
この山域に500mm
以上の降雨があり
今回の水害を招いた。 |
左 埋まってしまった ため池、これより上流の道目木や平榎の集落は全壊 だろうとのこと でした。
集落への道路が決壊、車が入れず詳しい被害はわかっていない
右 子供の時よく泳いだため池すいつもなら水をたたえているのだが土砂で埋まっていた。
動画ため池上流
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左 ため池の堤防から
下流を望む。
動画ため池下流
右 この家には広い庭が あったのですが
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左 県道、
北川にかかる橋の
手前が崩れ通行止
幸い迂回路があり ました。
右 Y商店
横にあった倉庫は 流失、基礎も一部
損壊。 |
左 水害前
旧橋も残っている
右 Y商店倉庫
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左 旧実家跡への道は
崖崩れで通れません
右 旧実家下の第十五代横綱梅ケ谷生誕地の記念碑は無事でした。
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左 実家跡の前には
石ころが
右 作業小屋は
無事でした。
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左 実家も無事
5日の夜は道路に水が溢れていいたとの事でした。
右 塚原の集落も無事
でした。
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左 原鶴放水路と高山
流木が橋脚に堆積している
右 放水路
日頃は運動場として、ソフトボール大会などに利用されていました。
この近くに避難所となったサンライズ杷木が
あり、下着などを
届けました。
募金はまだ受付けてませんでした。
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7/14 うきは道の駅から見た杷木の米山、がけ崩れの跡があちこちに。
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志波の言い伝えではこれまでに3回の山崩れがあったという、一つは烏山崩れであり、このときは三原弾正がたてた
金鳥山紫雲庵が流され本尊の鴛鴦観音だけはのちに見つかり現在も円清寺で祭られている。二回目は千代島崩れ、
もう一つは黒田の家老、栗山大膳にまつわる大膳崩れである。このように数百年に一回大規模な山崩れを物語っている。 |