ふるさとの山
 
  耳納山地  筑紫平野の東端に位置するわがふるさとからでも耳納山地はその長い稜線を見せる、冬にはまだら模様の
       積雪が望めたし、夏、平原公園にキャンプに行くという先輩が羨ましかった。中学になって毎日、久大線の
       列車の中からその耳納山地を眺め、高校の時には高良山を経てその稜線を歩いた。先日それら耳納山地の
       三角点を確かめにいった。       

左 高良山 312m
  一等三角点

右 耳納山 367.9m
   三等三角点

左 ツツジ園
 展望広場から見た
 耳納山地

右 発心山 697.5m
  二等三角点

左 発心山山頂に
 広がる山城跡から
 筑紫平野を望む

右 英彦山方面

左 鷹取山山頂
   802m
  一等三角点と
  案内盤
 ここもかって城が
 あったという
 

右 渡神方面
 広蔵山 703m  田代山 716.4m 朝倉市最奥の

  黒川疣目くちから
  約6km、最後の
  民家を過ぎると
  あとは未舗装の
  林道を行く
  朝倉市にもこんなに
  山深いところが
  あるとは知りません
  でした。

左 田代山林道から
  分岐線を歩く
  広場となっている
  路肩に駐車

右 造林小屋を右手に
  見る
  

  林道の展望の
  良いところからは
  英彦山が望める

左 分岐林道終点から
  右手に登ると
  山頂はすぐ
 
右 広蔵山山頂
  照葉樹林の山頂は
  私製標識のみで
  三角点はない

左 田代山林道分岐
  ゲートまで戻り
  田代山林道を行く
  前半は緩やかに下る
  登り始めると
  右手に砂防ダムが
  現われ、さらに
  登ると右下に
  田代の集落が見え
  右に鳥屋山が姿を
  見せる。

右 田代山三角点
  林道終点から
  山頂はすぐで
  植林地のなかに
  三角点がある

 帰りは、藪の集落を
 経て地下にでた
 そこでは春祭りが
 行われていた

左 祭りのあっていた
  たかき清流館
  旧佐田小学校で
  山菜バイキングを
  昼食とし葉ワサビを
  みやげに買った

右 鳥屋山
  たかき清流館から
  見た鳥屋山
 目配山 405m  筑前町展望の山

左 神功皇后腰掛石
  神功皇后がこの石に
  腰掛て目配りしたと
  いう

 
右 桜咲く山頂は
  多数の人で賑わって
  いました。
 麻底良山 295m  志波の西に位置する山 

 左
 登山口となる普門院
 聖武天皇の勅願道場
 として724年に建立
 されたという 堂内には
 本尊十一面観音像が
 安置されている。

 右 登山口から見上げる
   麻底良山
  
志波は黒田藩の
 家老栗山氏の領地で
 菩提寺である
 円清寺もある
 麻底良山は山城の
 あとです。


左 参道

右 鳥居の扁額
  までらの
  ”で”は
  底の广のない字で
  現在は使われず
  底の字が使われる
 
 

左 花柿

右 参道途中の石祠

 

左 山頂の神社
  この前の広場に
  三角点がある
  小さいときこの
  神社の中で
  初日の出を待った。

右 掲げられた絵も
  剥離し色褪せていた
 

 

左 実家の柿畑から
  望む麻底良山

右 志波の町と高山を
  望む  
 高山 190m  志波の東に位置する山

左 高山の荒れ果てた
  遊歩道

右 三角点
  TV中継塔の先に
  あった。
 堂所 414.6m  志波の北東に位置する山

左 林道  右 三角点
  堂所は地名とばかり
 思っていたが地図で
 見ると三角点があり
 確かめにいったが
 それはこの林道の
 すぐ上にあった。
  堂所とは室町末期
  三原弾正がこの地に
  金鳥山金応寺を
 建立したことによると
 いう。地名として他に
 さえん(茶園)や
 でえも(大門)などが
 残っている。


 
 米山 590.9m  志波の北東に位置する山

左 登山口
 高山から入り山の駅を
 過ぎ、送電鉄塔の先に
 ある。
 
右 三角点
  あれた林道を行き
  途中から左手の尾根に
  入る。
 ここも山城のあとという